第11話 「……言っちゃった」


  ずっと抱えていたものが、心の奥で暗く澱んで、
  ついにはとても‘嫌なモノ’になって飛び出た感じでした。
  私は大人で、彼女はまだ小さな女の子。
  どっちが悪いかなんて一目瞭然です。

  「……言っちゃった」
  「教え子に八つ当たりするなんて、教師失格だわ……」
  「はぁ……」
  「(自分に自信がなくて、ことある事に自己嫌悪してばかりだった私)」
  「(そんなダメな私を‘あの人’は可愛いと言ってくれた)」
  「(私も‘あの人’みたいに自信と実力に満ちた人間になりたかった。でも……)」
  「ダメだな、私……教師としても、大人としても……」
  「墨廼江先生、どうかしたの?」
  「あ……教頭先生……」
  「めずらしく暗い顔をしていたから、つい声をかけたのだけど……何かあったの?」
  「えと、その……」
  「言いたくないなら無理はしなくていいのよ。昔はともかく、今は同僚なんですからね」
  「(懐かしい笑顔……まだ私が、ミカ女の生徒の1人だった頃から変わらない)」
  「でも、あなたよりも何十年かばかり長く生きてる人間として、多少はアドバイスできることもあると思うわ」
  「教頭先生……」





   ×   ×   ×


  「……と、いうわけでして」
  「……なるほど。そんなことが」
  「彼女、すごくショックを受けてたみたいで……」
  「確かに、それはちょっと可哀想なことをしたわね」
  「はうっ」
  「その子なりに、あなたの手助けがしたかったんでしょうね」
  「そんな子に、対してかける言葉としては……ちょっと問題ありかしら」
  「うう……問題ありですか……」
  「でも、最悪ってわけじゃない」
  「え……」
  「あなたは自分の力でクラスをまとめたかった」
  「でも、その子は自分がクラスをまとめれば、あなたの手助けになる。そう勘違いしてた」
  「誤解なら解くことができるでしょう?」
  「……はい」
  「聞くところによると、あなたはその子に対して特別な感情を抱いてるみたい」
  「え、あ、そんなことは……」
  「あら、別にいいのよ。教師だって人間なんだから」
  「どうしても気になってしまう生徒ってのはいるものよ」
  「は、はぁ……」
  「たとえば、真面目で優秀なくせにどうにも結果をだせない子とか」
  「え……」
  「体育の授業では毎回転び、テストでは回答欄1つずらして書いて0点になってみたり」
  「あ、え? ええ?」
  「風邪を引いて高熱を出してるのに気づかず登校して、授業中倒れるなんてこともあったわね」
  「あ、そ、それは……」
  「でも一番は、お年寄りに道を聞かれてわざわざ目的地まで案内していったこと。大学入試当日の朝に」
  「はうううっ!?」
  「あの時、同じ大学を受験する生徒から『墨廼江さんが来ない』って連絡を受けて、職員室は上へ下への大騒ぎ」
  「心当たりに片っ端から連絡して、それでも見つからなくて、やっとあなたの携帯に連絡がついたと思ったら……」
  「見ず知らずのおばあさんと縁側でお茶飲んでるって言うんだもの」
  「『今すぐタクシーひろって入試会場へ行けー!』って、怒鳴りつけたのよね」
  「うう……すみません」
  「ほんと、間に合って良かったわ」
  「そうじゃなかったら、今頃こうして教師をやってなかったかも」
  「はい……」
  「つまり、そういう子は、どうしても他の生徒より気に掛けてしまうってこと」
  「………………」
  「だから、無理に平等であろうとすることはないわ」
  「だいたい、あなたはそこらへん不器用なんだから。思ってることは口に出さないと伝わらないわよ?」
  「……はい」
  「ふふふ……でも、いつも先生たちに心配かけてばかりだったあなたが、教師だなんて」
  「あう……教頭先生、それは言わないでくださいよぉ」
  「ここだけの話、あなたが教師として戻ってくるって聞いた時、うちの先生たちは大喜びだったのよ?」
  「なんだかんだで、先生たちはあなたのことが大好きだったから」
  「へ……? あ、あのあのっ!?」
  「がんばりなさい。貴子さん」

  教頭先生は、最後にまたニッコリと微笑みました。
  昔、私が先生の生徒だった頃のように『貴子さん』と呼んで……


次回に……続くっ♪

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